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Air・八百比丘尼の伝説を求めて
旅行日時:2004年4月29日
レポート完成日時:2004年5月30日


 今回の訪問先は福井県は小浜市にある「空印寺」というお寺。Air「summer」編で、かつて「翼を持った一族」が暮らしていた場所であり、柳也と裏葉が最後に住んだ場所である洞穴のモデルがこのお寺にある…ということで、この「緑の日」なる休日を使って訪問に。
 小浜〜京都間はかつては周山街道で結ばれ、現在は国道162号線がほぼその道筋をなぞっています。が(No.35「美山町経由舞鶴旅行」参照)、今回は趣向を変えて鯖街道経由で小浜へ。その辺りについては次回のNo.37「小浜・敦賀旅行記」で。


空印寺入口

 ゲーム中では洞穴のある寺は「深い山中」の「朽ち果てた山寺」となっていましたが、実際は山の中でも当然朽ち果ててもいなく(笑)、小浜市内の中心部からやや南。県道27号線からから住宅地の中に入った、小学校の裏手にあります。(写真右端に見えているのが体育館の屋根)
 宗派は曹洞宗。小浜藩主、酒井家の菩提寺でもあります。

 で、上の門の左にあるのがAirで出てきた洞窟。 雰囲気は完璧。いや、完璧どーこーではなくここが「本物」なんですが。
 ただ、原画の背景としては「ここがそのまま背景に」というわけではないようです。

八百比丘尼の洞窟
八百比丘尼の洞窟

 洞窟の全景はこんな感じ。洞窟の周りには椿の木が植えられています。

 Airファンの人間にとっては「八百比丘尼伝説=小浜」かもしれませんが(笑)、八百比丘尼伝説は土佐・石見・美濃・飛騨そして佐渡島にまで伝わっています。
 今更繰り返すまでも無い事かもしれませんが、八百比丘尼とは人魚の肉を食べたために不老不死の体となった尼さんの伝説。若狭では、高橋権太夫(ごんだゆう)という長者が、海の向こうの国の主人から人魚の肉をもらい、それを知らずに食べた娘が何年経っても年をとらなくなります。その事を悲しんだ娘は、出家して比丘尼となり、貧民救済や土地の開墾、長寿の教えなどを説いて全国を回り、最後に若狭に帰って入定(にゅうじょう)したとされる場所が、ここ空印寺の洞穴。八百比丘尼は、全国を回った際に椿を植えたといわれ、小浜の八百比丘尼ゆかりの場所には椿の木があります。小浜市内の観光名所としてはそれなりにメジャーな所らしく、福井県の観光案内でも取り上げられています。
 また、小浜市も八百比丘尼と関連した人魚伝説を観光資源として活用しているようで、「人魚の浜海岸」と名付けられて整備された海水浴場には「マーメイドテラス」なる若狭湾・夕陽を眺める展望台があったり、「マーメイドプラザ」なる施設があったりします。


 小浜にあるもう一つの八百比丘尼関連の史跡が、青井地区にある神明神社の境内に祀られている八百姫(やおひめ)神社。

神明神社鳥居
本殿 八百姫神社

 左が神明神社の本殿、右が八百姫神社。
 一応、ここも八百比丘尼関連…ではあるのですが、ここの由緒には二つあり、一つは
 八百比丘尼が全国を回って若狭に帰ってきたとき、この神明神社に庵を構えて住んでいたため、死後八百姫神社として祀った、というものと、もう一つは
 皇族の血を引く九州の王族、八百姫が「船で辿り着いた所に宮を造って祀るように」という天照大神の託宣を受けて創建し、その八百姫を祀ったのが八百姫神社である、というもので、八百比丘尼とは関係の無いもの。
 ちなみに、神社でもらった由緒略記に書かれていたのが前者。ネット上で調べた結果散見されたのが後者。どちらが正しい−なんてのが分かるはずもないので、この場では両方併記しておきます。

 今回の舞台訪問は以上で終了。そもそも一箇所しかないので、ページ数も稼げないのですが。とりあえず、近場で他に行けそうな所も無くなってきたので、これで舞台訪問は一段落だと思います。次は…高野山金剛峰寺かな(笑)


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Created: 2004.5.30 / Update: 2004.07.23