Tour with D-Tracker

行き先  ByeBye!! D-TRACKER
日時  2006年10月15日
走行距離  20km
コース  自宅〜環八〜外環自動車道(練馬〜和光北)
マップ  −
同行者  −
費用  −

Repo

今日は久々にD-Trackerで出発。
4時起床。
うだうだしたいたので、5時に出発。
D-Trackerを車庫から出し、エンジンをかけますが、いつもと違いなかなかかかりませんね。
バッテリーが上がるかと思いましたけど、エンジン始動。
寒くなってきたし、しばらく乗ってなかったからかな?等と思いつつ出発。
近くのGSでガソリンを満タンにして、環八を順調に走り、外環に入ります。
外環に入りぬわわkmを少し超えたスピードで走ると、急にパワーダウン????
どうしたのかなと思っていながらも、アクセルを開けても加速せず、減速気味????
少し加速したと思ったら、エンジンから異音????
和光北ICが見えたので、クラッチを切り、ニュートラルに入れて走行して坂道を慣性で走り降ります。
その途中で「ガァ!」と言う音と共にエンジン停止。
この瞬間、「エンジン死んだ・・・」と感じます。
クラッチを切っての走行中だったので、特に大きい衝撃などはなかったのですけどね。

道端に止めてエンジンを見ると・・・別にクラックなど入っていないですね。
車が多いので、反対側の歩道まで押し、エンジンをかけますが、セルも回りません。
シートを外し、電気系を見ても問題はないようですね。
予想通り腰下が逝ったようです。

息絶えたを自覚した瞬間。
日の出が綺麗でした。
気が付いた時は5時25分。
この後は、とりあえず自動販売機の場所まで押してゆきます。
その間も「もしかしたらエンジンかかるか?」等とエンジンをかけますが、結果は当然かかりません。
自動販売機で水を買い、一服。
あんまり思考がまわりません。
D−Trackerの臨終を認められない感じ・・・・
ビューエルの事故の時は冷静だったのに・・・・・・・
この後、外環の横にある一般道(急な坂道)を何故かD−Trackerを押してゆきます。
途中で休みながら・・・
体力が無くなって行くとともに冷静になってきました。
気が付くと7時前。

しょうさんかにばさんに連絡してトランポで運んでもらおうと思い、
まずは近いしょうさんに寝てるかも知れないけど連絡を取ります。
・・・・・・留守電になります・・・・
しばらくしてまたかけますが・・・・
・・・・・・留守電になります・・・・
しばらくしてまたかけますが・・・・
・・・・・・留守電になります・・・・
しばらくしてまたかけますが・・・・
・・・・・・留守電になります・・・・

ダメか〜と思い。
にばさんに連絡してみようと!思った時にしょうさんから連絡。
しょうさんに「今何処?」と聞いたら・・・・・「菅生」・・・・
「バイク壊れちゃった!」としょうさんに話出します。
当然菅生に居ると迎えに来てもらうのは無理ですからね。
そしたらしょうさんが「にばさんに連絡してみるよ!」とのお言葉をありがたく受け電話を切ります。
ちょっとしたらにばさんから電話。
場所と状態をはなし、迎えに来て頂けると・・・神様です!!!

交差点の見えやすい場所にD−Traを置き、待ちますが・・・・
トイレに行きたくなり、和光駅までトイレ探し・・・・
トイレを済まし、コンビニでタバコを買って居ると、にばさんより電話。
和光北ICに着いたようです。
急いで戻るとにばさんの車が後ろから・・・・???
何故と思いつつも、D−Traの近くに止めます。

にばさん着くなり・・・神様到着!
言わなきゃ神様なのに・・・・
一言多い・・・・
にばさん、手際よくトランポに運び込みます。
このまま世田谷の自宅へ。
 

Postscript

自宅に到着し、車庫にD−Traを置き、自宅でにばさんとしばらく雑談。
にばさんは起き抜けできてくれたので、朝ご飯はまだだったので、近所で一緒に食べて帰宅されました。
筑波からわざわざ起こされて来てもらって、D−Traを運んでもらいました。
本当にありがとうございます。

今一人、部屋でこのレポを書いています。
過去30台以上のバイクとの別れがありました。
26年持っていたマッハ3。
13年乗っていたDT125。
東名でぶつけられて廃車となったエリミネーター。
それぞれ悲しい気持ちにはなりましたけど、涙が出たのは初めてなんですよね。
直せばいいって思いますけど、50000km以上走っているし、エンジンが変わるとこの子ではないのです。

だから
ByeBye!! D−Tracker

廃車にしますけど、車庫で保管します。

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